下町のナポレオンの愛称をもつ「いいちこ」を手がける三和酒類。大分県宇佐市に本社を構え、清らかな水と豊かな穀物で酒を醸し、ミクロの微生物と雄大な自然と人をつなぐ企業でもあります。

前後編で三和酒類の「麹プロジェクト」を推進する執行役員、幡手 剛さんにお話をうかがい、土地に根づく企業の在り方や、自然や微生物と結びついて活き活きと働き、暮らすヒントを教えていただきました。

▲焼酎に使用される大麦麹

麹とは穀物にコウジカビをつけたものです。本格麦焼酎「いいちこ」は大麦を蒸して、大麦麹をつくるところからはじまります。

「麹プロジェクト」とは、三和酒類が何を生業(なりわい)とする会社なのかを簡潔に表明したものです。お酒造りに欠くことのできない、国菌*である麹、そして発酵技術に関する次の2つの考え方が「麹プロジェクト」の根幹にあります。

(1)麹・麹文化の酒を識る、愉しむ。
(2)発酵技術と創意工夫で新しい価値を創造する。


* 国菌:2006年10月12日、公益財団法人日本醸造学会大会で日本にしか存在しない麹菌(Aspergillus oryzae=アスペルギルス・オリゼー)が日本を代表する菌として「国菌」に認定された。

ワインづくりにもいきる「麹プロジェクト」

ーー三和酒類の麹プロジェクトがどういった取り組みなのか教えてください。

幡手:私たち社員を含め、多くの人が麹(こうじ)について考えるきっかけを作っていくプロジェクトです。麹は味噌や醤油、焼酎や日本酒づくりにも欠かせない発酵のスターターであり、麹に生やすコウジカビは日本の国菌です。

私たちの暮らしには麹が欠かせないものですが、日常ではどんどん風化して、あまり意識されることがありません。もともと社内向けに提唱されたものでありますが、麹のことを知り理解を深め、広く繋がっていくことなのだと私は理解しています。

三和酒類の主力商品は焼酎ですが、はじまりは日本酒で、現在はワインや発泡酒(クラフトビール)も製造しています。もともと三和酒類は、3社の地元の造り酒屋が設立した共同瓶詰場が発端です。3社でつくったので「三和」、「酒類」とつけたのは「日本酒だけでなく総合的にお酒をつくりたい」という創業者の思いがありました。

麹が私たちの手がけるお酒すべてに共通するものではありませんが、ルーツであり、麹づくりで得た考えがワインにも息づく。私たちの軸となるのが、「麹プロジェクト」なのです。

ーー社内の文化醸成にも重要なキーワードとなっていそうですね。これまでは、どのような取り組みをされたのでしょうか?

幡手:これまで、社外への発信としては麹プロジェクトのテレビコマーシャルの放映や、いいちこ製品につけた麹マークのアピールをおこないました。現在は、オウンドメディア「koji note」の運営と一部商品のパッケージへの麹に関する表記などが進行中です。

麹や発酵について案内する情報サイト「koji note」では、お酒や麹に限らず発酵文化に関わる方へのインタビューを通して、お酒以外の分野と繋がりが生まれます。例えば、醤油や味噌、発酵で大きく考えると、ヨーグルトもそうですね。麹という視点をもつだけで、視野も広がってきますよね。

スペックでなく背景で選ぶ、お酒には麹が息づいている

ーー実際に麹プロジェクトの取り組みをはじめてみて、発見はありましたか?

幡手:麹や発酵に興味関心を持っている人が想像以上にいて、しかも若い年齢層にいることが大きな発見でした。バーテンダーなどお酒をよく知っていて、お客さまに伝える役目である方からも注目されていて、新しい広がりをみせています。

たとえばこれまでお酒は、“どのエリアで作られたか、原料は何を使っているか、アルコール度数はいくつか”といったスペックが重視されていました。一方で近年、新しい切り口でお酒の面白さを見出すバーテンダーや食のプロフェッショナルが増えています。私たちは、酵母や発酵の過程、蒸留など、今まで着目されなかったみえない部分の説明が必要と考えています。

▲三和酒類本社にある瓶詰場の見学通路には、麹とボタニカルでつくる和のスピリッツ「TUMUGI」、大分県産の大麦を使用する麦焼酎「西の星」などのラベルが貼られた樽があります。

ーーお酒はスペックだけでなく、製造背景やストーリーを重視されはじめているのですね。

幡手:商品を海外へ輸出していることもあり、世界的に評価されているバーテンダーともご縁があり、アプローチしています。日本酒と発泡酒の2つの醸造場を有している「辛島 虚空乃蔵」ではバーカウンターを備えており、そのバーテンダーが、製造背景やストーリーをお客様へ伝えていただけるような場として活用していこうと考えています。

ーー醤油や味噌といった日本の食卓シーンから、海外のバーと幅広いですね。今後「麹プロジェクト」はどうなっていくのでしょうか。

幡手:直近では社内の土台固めをおこないます。冒頭でお伝えした通り、「麹プロジェクト」は私たちの大きなテーマであり、まだ、社内で理解されていない部分もありますし、内部での理解をさらに深めていきます。

目に見える展開としては、社内の研究施設がカフェテリアのように、オープンな形に生まれ変わりました。(22年12月より)そのほかにも、社内の交流の場となるスペースを整えて、「麹プロジェクト」を活性化させます。

私自身、麹プロジェクトが始まった当初は「何が始まるんだろう」と理解しきれていない部分もありました。2015年の社長の発案からここ数年の活動を通して、プロジェクトの根幹にあるものがやっと腑に落ちたところです。私がそうだったように、それぞれに答えを見出して周りに伝えていくような波を生み出したいですね。

ーーご自身で腑に落ちた瞬間があったのですか。

幡手:私は焼酎スピリッツ事業も担当をしてまして、自社のものづくりが“何を起点にしてどう進むべきか”考えたとき、自社の事業やつくっているものを掘り下げるにつれ、事業の根本である麹プロジェクトに結びついていきました。

▲麹や大麦を水と酵母と混ぜ合わせてもろみをつくり、発酵させる仕込みの工程。タンクの中ではプクプクと微生物が活動をしています。

酒を醸すとわかる微生物をどう捉えるか

ーー麹プロジェクトと向き合うようになって、ご自身が変わったと思うことはありますか?

幡手:麹や発酵といったワードに敏感になりました。出張に行って、パン屋さんで酵母の表記を見たら、その原料や環境、製造の裏側まで想像します。アンテナを張り巡らせて、トレンドもおさえつつ、どのように「麹プロジェクト」を伝えていくかのヒントにしています。

ーー特に一般の方へ、どのように伝えるかのハードルが高そうですね。私自身、発酵や微生物をどうわかりやすく伝えるか迷うことが多いです。

幡手:これが答えになるかはわかりませんが……。発酵ってすごくいい言葉ですが、全く同じメカニズムを「腐敗」といいますよね。判断の基準は、人間にとっていいか悪いか。でも人間のためだけに世の中があるわけではないので、結局、腐敗も発酵の一部で生物の営みとして捉えれば変わらないんですよね。もちろん、危険なので食べたりはしませんが。

お酒をつくるときって、タンクの中では幻想的な音がします。目には見えませんが、発酵して微生物が生きているエネルギーが感じられて、これをぜひ聞いてほしいですね。昨日はそこになかったものが、手をかけて、世話をすることで見えてきます。愛着が湧き、生物との付き合いだと実感するのです。広い目で自然を捉え、ミクロの視点で菌のことを考えると、自分自身が摂取するものへの考え方が変わるはずです。

後編は、麹プロジェクトにもつながる企業文化と大分県の自然についてうかがいました。

大地の恵みを受け取る。|農業を通じて知る「人も植物も自然の恵みに生かされている」ということ【後編】


■幡手剛(はたで・つよし)
三和酒類株式会社 執行役員 CCRN Design Center部長
入社後、焼酎造りから品質管理、営業まで一通り経験をし、現在CCRN Design Centerにて調査・広告・広報業務を管轄している。同時に焼酎・スピリッツ事業のデザインリーダーという役割も務め、トータルでのブランディングを担当中。
趣味という趣味はないが、凝り性もあってこだわりものをカスタマイズするのが好きで、ドイツ製スーツケースを個人で修理をしたりミニベロの自転車はフレーム以外交換したりするほど、見た目に似合わず手先が器用である。
最近では一人別府アンバサダーを謳い、食や温泉を県外のお客様に案内して、大分の魅力発信に貢献している。 

三和酒類コーポレートサイト:https://www.sanwa-shurui.co.jp/
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(撮影 : 栗原美穂)