「発酵」や「腸活」という言葉が広まり、多くの人に通ずるようになった昨今。人々は発酵のどういったところに魅力を感じ、ハマっていくのでしょうか。

発酵王国として知られる石川県を拠点として発酵を教えるスクール「発酵食大学」を運営する、株式会社ウーマンスタイルの代表取締役、成田由里さんにお話をうかがいました。

▲発酵食大学でおこなわれる蔵見学の様子

▲発酵食大学でおこなわれる蔵見学の様子
発酵食大学は2013年に石川県金沢市で開講しました。金沢市のある本校、京都校などで発酵食を体系的に学ぶことができます。月に一回講義があり、半年間かけて学ぶメインのカリキュラムのほか、ステップアップして石川県立大学や近畿大学の大学教授から講義が受けられる大学院、気軽に参加できる通信部などがあります。

始まりは塩麹ブームのマーケティング支援事業から。そして、発酵のスクール事業を開講へ

始まりは塩麹ブームのマーケティング支援事業から。
そして、発酵のスクール事業を開講へ

ーー発酵食大学が誕生したきっかけを教えてください。

成田:株式会社ウーマンスタイルは、生活者の視点を活かしたマーケティング支援事業をメインに行う会社です。発酵食を盛り上げる取り組みをしたのは、2011年に某醤油メーカーより「塩麹を発売したいからプロモーション活動を」とご依頼いただいたのがはじまりだったんです。

まだ塩麹ブーム以前でしたから、”糀部“という部活を立ち上げて、そもそも「塩麹ってなに?」「どうやって使うの?」を伝えることにしました。毎月1回、部員に塩麹の使い方をレクチャーし、それぞれ自宅では自主練を行います。塩麹を使った料理を家族に振る舞ったり、SNSで自分の感想を発信したりして1年間活動しました。

ーー今から10年以上も前……2011年だと、発酵という言葉も今ほどは意識されていませんでしたよね?

成田:そうですね。活動をはじめた2012年ごろに、ちょうど塩麹ブームに火がつきました。多くのメディアで取り上げられ、私たちの活動も取材を受けて広く知っていただけました。プロモーションとしては大成功。翌年、同じメーカーさんから「次の新しい取り組みを考えてほしい」と言われました。

1年目は塩麹に絞って活動しましたが、もう少し視野を広げると、石川県はユニークな発酵食品がたくさんあります。フグの卵巣のぬか漬けや、いしるという魚醤、塩漬けにしたブリをかぶらに挟んだ熟鮓のかぶらずし。米どころで酒蔵も多いんです。

そこで石川県の醸造蔵をキャンパスに見立てて、部活から大学に発展させようと考えました。発酵を体感するなら金沢を目指してもらえるように、発酵のルーツなどを食べて学べるプラットフォームにしたらよいんじゃないか?と。発酵を身近に感じてもらってこそ、はじめて私たちは発酵王国だと言えるとも思いました。

ーー2012年の時点でその発想は先見的ですね。

成田:ご相談いただいたメーカーさんにプレゼンしたときに「面白い企画だから自社でやったほうがよい」と言われました。他社メーカーにも協力を呼びかけていただいて、驚きでしたね。カリキュラムを検討して、メーカーさんの協力もあって2013年1月に開講。そんな経緯ですから、最初は私自身も発酵食品に詳しくなく、活動を通じて一緒に学んできた形なんです。

ーー実際、開校されていかがでしたか?

成田:石川県で講義があるので、遠方にお住まいだとハードルが高いかなと心配していましたが、杞憂でした。私たちもびっくりしたのですが、本当に全国各地からお申し込みいただきました。開校時は新幹線開業前だったので、前日入りして泊まりがけで来られる方もいらっしゃいました。現在もそうなのですが、熱量の高い方は距離をものともしないのです。

体にやさしい発酵をわかりやすく、かつ正しく伝える

体にやさしい発酵を
わかりやすく、かつ正しく伝える

ーー2013年の開校から2022年と、約10年が経ちました。発酵ブームもあり、当時と今の発酵好きの変化は感じていらっしゃいますか?

成田:当時は発酵をテーマにしたスクールはほとんどありませんでした。今は料理教室に加えて発酵にまつわる資格もたくさんあり、発酵がそれだけメジャーになったのだと感じています。

また塩麹ブームもあって、料理を入口にした方が多かったのが、昨今は「腸内環境を整えたくて検索してたどり着きました」という方も増えました。同時に正確な情報が知りたくて来られる方も非常に多いです。

ーー巷には発酵に関する情報があふれていますもんね。

成田:腸内環境を整えると体によいといった情報も、色んなメディアで取り上げられていますよね。私たちの講座では、大学の教授をはじめ専門家がそのあたりも正確な情報や知識をお話しするので、偏った情報を信じていらっしゃる方は少なからずショックを受けられるようです。

ただ最終的には、正しい情報を知れてよかったという反応をいただきますし、今後も根拠のある情報をきちんとお伝えするのは大事にしていきたいですね。

ーー成田さんご自身も、料理を入口にして発酵に興味をもったひとりだと思います。専門家から学んでみて発見はありましたか?

成田:たくさんあります。実は私も最初は極端な情報を信じていましたが、学ぶうちに意識が変わりました。科学の視点で発酵を知ると、これまで避けてきた食材と積極的に摂りたい食材が、最終的には同じ成分でできていることが理解できるようになったりしました。

このように一歩踏み込んだら栄養学に興味がわき、自分の食べるものを科学や栄養の視点で見たことがないと気づきました。

あとは、菌の働きに惹かれました。発酵は微生物が生命活動を行う過程で、私たちに恩恵があるものです。そう考えると、大きなくくりで生物として私たちも同じような営みがあって、それがすごく興味深いんですよね。

菌の働き、工場見学、歴史背景…切り口で変わる発酵の魅力の感じ方

ーー同じように、発酵食大学で学んで興味の幅が広がった人は多いでしょうね。

成田:私と同じように「菌が面白い!」と興味をもたれる方は3〜4割はいますね。蔵を見学して現場を見学できるので、社会科見学的な楽しさを感じてくださっている方も非常に多いです。

ーー実際に訪れると、その蔵のファンになりそうです。

成田:私の場合は「昔の人はどうやってこの方法を発見したんだろう」とその偉大さも感じます。体にいいから、おいしいから残ってきたのでしょうが、きっと、そこに至るまでにお腹を壊した人もたくさんいると思うんです。それが日本だけじゃなくて世界中であって、その時代を垣間見てみたいというか。江戸時代の食文化に思いを巡らせて、歴史的な背景や調味料の面白さを再発見するのも面白いですね。

ーー発酵はいろんな切り口で楽しめて、実際にそれを作って味わって体感できる面白さがありますね。

成田:そうですね。発酵食大学ではその面白さでつながった友人ができるのも魅力です。仲良くなった卒業生同士での交流を続けていらっしゃる方は、旅行を企画して一緒に全国の発酵の現場を訪ねています。仲間や知識が財産になったというお声もいただきます。中には大学に2回入学される方もいらっしゃるんですよ。

「きちんと」に縛られることなく、そっと寄り添う。心身ともに健康的な毎日を届けていきたい

「きちんと」に縛られることなく、そっと寄り添う。
心身ともに健康的な毎日を届けていきたい

ーー発酵を軸にしたコミュニティが生まれているのですね。世代も性別も関係ない趣味で、垣根なく交流できそうです。どんどん裾野が広がっている発酵ですが、今後どうなると予想されますか?

成田:どうなっていくかはわかりませんが、麹や味噌などは室町時代かそれよりも前から目に見えない菌とともに、今でいうバイオビジネスの技術を用いていたわけです。その技術が現代においても古くならないのはすごいですよね。テクノロジーの進化がありつつも、研究の結果で改めて伝統の発酵調味料が見直されるんじゃないでしょうか。私は今ある発酵のことが、色々な視点で解明されるのを期待しています。

ーー発酵食大学としては、今後どのように発酵のことを伝えていきますか?

成田:もともと、日常の暮らしに発酵を活かすのがコンセプトですから、発酵を現代に生きる私たちが求める価値に合うように発信していきます。「きちんと自炊しなきゃ」「料理を品数作らなきゃ」と忙しい中で縛られている人へ、伝統的な発酵調味料はひとさじでおいしくなって、漬けるだけで作り置きできる、救世主にもなるということを伝えていきたいです。

成田:発酵食品は、それこそコンビニでも納豆やヨーグルトが手に入ります。罪悪感がなくて楽ができて、ある程度ゆるさを持ちながら過ごせる。発酵食品を毎日ちょっとずつプラスするような、心身ともに健康的なライフスタイルを提案していきたいです。

ーー当初の塩麹の活動にもつながってきそうですね。日常に寄り添ってゆるく日常に取り入れる、発酵に対する考え方もちょっと学べそうだと思いました。本日はありがとうございました。

発酵食大学とは

発酵食大学」®は、石川県の魅力を発酵というキーワードで繋ぎ、全国・海外へ発信することで、地域活性につなげ、忙しい現代人には、発酵食の活用で「美味しくて、栄養価が高く、簡単に」食事の準備ができるという価値を提供している。地元の人が学ぶ大学、県外から集中して学ぶ大学院、来県できない人には、インターネットを活用した有料コンテンツ配信・動画で蔵元見学ができる通信部の3部問から構成されている。受講生が全国で発酵食の良さを発信する伝道師になり、多くの人が手軽に健康的な暮らしを実現できる社会をつくる。

■成田 由里(なりた ゆり)
1968年生まれ。大学卒業後、リース、金融商品の営業全般に携わる。出産を機に、専業主婦に。2008年に株式会社ウーマンスタイルを創立、生活者視点でマーケティングをサポートする。2013年から発酵食や地域の食文化の魅力を発信する「発酵食大学」をスタート。忙しい現代人の食や暮らしを健康的で快適なものにすることと、発酵を通じて地域や人を繋ぐことをビジョンに活動中。