私たちの食卓に欠かせない味噌。地域によって作り方や味わいが違い、昔は手前味噌を仕込む家庭もたくさんありました。

山梨県甲府市にある五味醤油は、地元の味である甲州味噌を作り続け、手前味噌文化を伝えるまちのお味噌やさん。発酵兄妹として、「手前みそのうた」やワークショップをおこなう6代目の五味 仁さんと妹の洋子さんに活動の原点をうかがいました。

山梨県甲府市に構える五味醤油は、1868年(明治元年)に味噌、醤油の製造をはじめ150年以上。 米麹と麦麹の2種類を使用する「甲州みそ」を木桶で仕込み、創業より受け継いだ味が地元民に愛されています。味噌の製造・販売に加えて手前みそ教室も開催し、全国から人が訪れます。

五味醤油の五味 仁さん(右)と妹の洋子さんは、発酵兄妹として各地で講演、ワークショップをおこなうほか、甲府のラジオ局YBSでラジオ番組にもレギュラー出演中。

楽しい、面白いで広がる発酵の輪

ーーおふたりはいつごろから発酵兄妹として活動されているんですか?

仁(兄):2009年頃からですね。「手前みそのうた」ができたのもその頃です。五味醤油では昔から地元の子どもたちに味噌づくりを教えるワークショップを開催していて、僕がそれを引き継いだタイミングで「なにか子どもたちも楽しめるものはできないかな」と思ったのがきっかけです。

「手前みそのうた」は共同でプロジェクトを進めた発酵デザイナーの小倉ヒラクさんと近所の銭湯にいって、お酒を飲んでるときに雑談の流れで企画が生まれました。じっくり考える時間もなくはじまりました。

ーー発酵兄妹の活動はその歌がきっかけだったんでしょうか。

仁(兄):というと言い過ぎかもだけど。東日本大震災以降、食に目を向ける人が増えて、塩麹をはじめとした発酵食のブームもあり、みんなが味噌を作りたくなっちゃったんじゃないでしょうか。それ以前から「発酵のうた」を作ってみたり、イベントに出たりしていました。

洋子(妹):味噌作り教室も需要が増えたので、いろんなところへ出張するよりも皆さんをお招きできる場を作ろうということで、工場の隣にKANENTE(カネンテ)というワークショップやイベントができるスペースを作りました。兄がまだ代表に就任する前だったので、きちんと家族にプレゼン(説明)して。

仁(兄):まだ軌道にのる確約もなかったので、家族には「必要とされてます!」と大げさに。

ーーすごい、新しい場所作りもする…そうした活動の中に、使命感みたいなものがあるんですか?

洋子(妹):使命感のようなものはあんまりないですね。自分たちが楽しいから巻き込んじゃえという感じです。

仁(兄):そうそう、すごく作戦を考えているわけではなくて、面白そうならやってみようというスタイルです。計画を立てて進行していくものもありますが、自分たちが楽しくやってたらうまいこといったものも多いです。

味噌汁や味噌づくりの記憶の種を蒔く

ーーきちんと形になるのがすごいです。こうした企画を考えて実行するのはどなたですか?

仁(兄):アイデアが出て「いいね」となって、動くのはまず僕です。レギュラーで出演しているラジオ番組も、局のディレクターさんに勝手にプレゼンして企画を進めてしまう。まさに切込隊長みたいな役割かもしれません。かといって、ラジオが始まって真面目に喋るかっていうと違うんですけどね。

洋子(妹):兄がいろいろ始めちゃったことを整えて、まとめながらきちんと続けるのが私です。

ーー役割分担があるんですね。2人で企画や活動の方向性を議論することはありますか?

洋子(妹):あんまりないですね。ルールの言語化はしたことがないです。家族だからか直感や考えている方向は一緒で、「いいね」「やめとこう」の感覚も近くて。ぶつかることもなくはないですが、なんとなく歯車が合っていて楽です。

仁(兄):すり合わせたことはないけど、本とかアートとか、自分が良いと感じたものは共有するようにしてるから、尺度が近くなっているのかもしれません。人だから全くわからない部分もあるけれど、発酵や味噌などの仕事の感覚は共有できています。

洋子(妹):うん。今のところ、そこのズレがないから続いているのかもしれないですね。

ーーずっと続けられている、味噌づくりのワークショップへの考え方も同じでしょうか。

仁(兄):僕は1ミリでも記憶に残ったら嬉しいなと思っています。必ずしも食べておいしかったでなくて、ネガティブなものもいいんですけど、参加して少しでも覚えていてくれるとすごく嬉しいです。「くさい」とか、「あのとき、豆をこねたな」とか。

伝統や発酵のメカニズムを伝えるのは、重要視していないです。どこかのタイミングで記憶が繋がって、興味がわいたら勉強すればいいことですから。

洋子(妹):私も割と一緒ですね。先日、毎年行ってる保育園でお味噌づくりをして、そのあと給食を食べさせてもらいました。その給食は前年に園児たちが作った味噌を使った味噌汁が出るんです。私はすごくそれが嬉しくて。

ワークショップをしていると、お客さまからおばあちゃんが作っていたというお話も聞きます。誰かの記憶の中に、自分や誰かの手で作られた味噌のことが記憶にあったらいいなと思い、続けています。

ーー2人が同じ方向を向いているのは、やはり原体験みたいなものがあるからでしょうか?

洋子(妹):そうですね。家族が毎朝味噌汁を作ってくれて、寝坊しても味噌汁だけでも飲んでいくような家庭でした。「味噌汁を飲んでおけば、大丈夫」といわれて育ってきたので、そうした記憶や想いがにじみ出ているのかもしれません。

おいしくて健康に良くて、自分たちで作れる味噌ってすごい。大前提として、味噌が大好きだから成り立っているんでしょうね。うちの味噌じゃなくてもいいので、みんなに味噌汁を飲んで欲しいです。

曖昧で器の広い発酵に期待している

ーー垣根を超えて、「うちの味噌じゃなくてもいいので」と言えるところが素敵です。

仁(兄):自分たちにできることの限界がわかっているんです。目の届く範囲で製造していることもあり、僕らはたくさん作って売ることができません。好きでやっていますが儲からない職種でもありますから、みんなで盛り上げて楽しいことやりながらバランスをとるのがいいかなとも思います。

先ほどお店に愛知県で麹とお味噌を作っている方がいらっしゃっていて、色々お話していました。ワークショップあるある話で盛り上がりながら、「味噌や発酵が好きな人に、ほぼほぼ悪い人はいない」と話していました。全然、競合という感覚はないんですよ。

洋子(妹):なんというか、私たち仲間と一緒に「発酵に期待している」って感じがするんです。

仁(兄):確かに。僕は期待しないタイプの人間なんですけど、発酵には期待しているかもしれません。だから色々やるのかも。

洋子(妹):みんなが味噌を作ったら、もう少し世の中が平和になるんだろうとか、戦争をしないだろうとも思います。それくらい、お味噌づくり教室に来てくださるみなさんは良い人ばかりです。

味噌は作っても待つことが必要で、時間や心に余裕がないと作れません。そういう方たちとお仕事させてもらってるのが、私たちらしくいられる理由な気がします。

仁(兄):選んだ場所が発酵や醸造でよかったというのもあります。発酵は人や国によって前提や概念が違うし、目に見えない曖昧で懐の深いものなのでそこに甘えてる部分もあるのかもしれません。スカウターをつけて、数字化できたらやめているかもしれないです。

洋子(妹):定義がかっちりしてるものだったら、きっと続いていないですね。

ーー曖昧で器の広い部分に魅力を感じる一方で、味噌づくりは昔から変えていらっしゃらない部分もありますよね?

仁(兄):麹から自社で作っていて、味噌は木桶で仕込みます。うちはレシピも祖父から引き継いだ作り方を変えていないので、手数も多く時間もかかって重くて汗だくで大変です。麹を作る麹室も、作る量に対してかなり広い面積で仕込んでいるんです。

麹づくりは自分たちの根源的なところで、何回やっても毎度「よく麹になるな」と感心します。でも、こうして不安になりながら体を動かして仕込むのは、大事な感覚だと思いますね。

ーーもっと効率的に…と考えることはありますか?

仁(兄):思いますよ。ショートカットできる工程もけっこうあります。でも、頑なに昔からの作り方を守っています。

生物的な感覚なのかな。自由勝手に活動させてもらって、味噌づくりまで自由にやると危険を感じます。そういう感じでバランスを取ってるわけです。

ーー今後の展開を聞くと「色々ありすぎて言えない」と仁さん。山梨の休耕田で米作をはじめて、もっと力を入れていくこと。コロナ禍が落ち着いてきて県外や海外からお客様がくるので、お店を少し整えること。なにかはじめたい人と甲府の土地をマッチングして地元に還元したい、とも話してくださいました。

活動当初に各地へ飛び回っていた発酵兄妹は、地元に根づいた活動をさらに広げていくよう。パワーアップした「まちのお味噌やさん」として、甲府でお客さまを迎え入れる準備をしているお二人に会いにいきたくなります。


五味醤油 発酵兄妹
兄・五味 仁/妹・五味 洋子
山梨県甲府市にて、明治元年より150余年に渡り醸造業を営む五味醤油。その6代目・仁と妹の洋子は、ともに東京農業大学醸造学科を卒業後、それぞれ修行期間を経て、兄妹で五味醤油にカムバック。現在は山梨独自の「甲州みそ」の製造と、手前みそや発酵醸造文化の素晴らしさを広めるためにうたっておどって醸し中。世界初の発酵ラジオ番組「発酵兄妹のCOZYTALK」(YBSラジオ)出演中。

五味醤油 公式HP:https://yamagomiso.com/
Instagram:https://www.instagram.com/gomishoyu/